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30,000アクセス,そして・・・

本日19時04分:07秒にめでたく30,000アクセスと相成りました。
キリ番を踏んでくださった方がどなたかは存じませんが,このような駄文の山にお越しいただき感謝しております。
今年2月に20,000アクセス以来約半年で10,000アクセスというペースです。
ここまでやって来ることが出来たのも,皆様のおかげでございます。
お出でいただいたのべ30,000を越える皆様には感謝の言葉もございません・・・。
ということで,キリがよいところで2年弱お世話になりましたmsnとお別れしたいと思います。
今回のアップグレードにより,確実に起動に時間がかかるようになり,ページのエラーも多くなり,記事の投稿もコメントも編集機能もままならぬことが多くなりました。
使い慣れたmsnを離れるのは残念ではあるのですが,こうまで遅いとさすがに考えてしまいます。
いずれは安定するのでしょうが,座して待つことが出来るほどの忍耐力は生憎持ち合わせておりません・・・。
続きはこちらになります。
ぜひ,これからも宜しくお願いします。
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私を野球に連れてって

題名は,ホイチョイプロの角川映画「私をスキーに連れてって」のパクリではない。
ホイチョイこそが,上記の題名をもじったのである。
"Please take out me to the ball game!! "-野球場に連れてって,とも訳される49年制作のミュージカル映画で,ジーン・ケリーにフランクシナトラという二大スターの競演である。
こちらを見ると,その一部を垣間見ることが出来るのが興味深い。
一度は聴いたことのある軽快なワルツによる主題曲は,東京ドームでも試合開始前に流れるそうだ。
・・・で,今日はそんな蘊蓄を垂れるつもりは無い。
題名について述べるつもりが,ワープロで10行近くを費やしてしまった。
本当に悪い癖である。
がんばれルーキー(原題:Rookie of the year)」(93)という映画がある。
12歳の運動音痴の少年が,右腕を骨折した結果160キロの剛球投手となり,万年最下位のシカゴカブスに入団・・・というハリウッドお得意のミラクル野球ファンタジーともいうべき作品だが(DVDが遂に出たので買ってしまった。\895!!),その冒頭,試合前に本拠地リグレー・フィールドの様子が生き生きと描かれる。
グランドにかけられたシートを取り払い地面をならす作業員,シートをチェックする球場職員,フィールドで軽く身体をほぐし,早々とスタンドに詰めかけたファンにサービスする選手たち,球団グッズの準備をする販売員,そして球場ゲート目指して集ってくる観客たち。
老いも若きも男も女もカブスのキャップを被り,誰もが楽しげだ。
やがて,ブルペンで投手が軽いキャッチボールを開始する。
ゲームが始まる前のわくわくするような高揚感が,ビル・コンティ作曲による軽快な行進曲にのせて見事に活写されている・・・。
実は,先日の楽天戦で全く同じ光景を味わった。
日中の暑い日差しが翳り,涼しげな風とともに茜色にそまる西の空の下,観客たちが続々とフルキャストスタジアムに集ってくる。
中央ゲートから我が楽天ファンの聖地たるレフトスタンドにかけては出店が並び,あたかも縁日のような楽しげな雰囲気を醸し出している。
カクテル光線に照らされた緑と茶色のフィールドと観衆に埋まるスタンドには,試合前の緊張感と共に上記映画で感じたものと同種の高揚感が漲っている。
両チームのスタメンを発表するうぐいす野郎(これを最初に取り入れたのは,オリックスだったが)の声も,慣れてみるとなかなか良い・・・。
初回からメガホンを叩き,声をからして声援を送る。
7回裏には甲子園宜しく球団歌を斉唱した後風船が高々と夜空に上がる。
珍しく(泣)打線が繋がり,チャンスが広がると全員総立ちで,地元の遊園地のテーマ曲をもじったコンバットマーチ(?)が延々と,チャンスが費えるまで歌われる。
左隣にいた初めて来たとおぼしき若いカップルは選手名鑑を開きながら観戦,右隣にいた親子連れは父が我が子と同年齢の女の子に,レフトの守備についていたバファローズの谷選手のことを,柔ちゃんの旦那さん,と解説していた。
どちらもお莫迦騒ぎには参加せず,大勢が決した8回には帰途についた。
静かに観戦したい人たちには申し訳ないことをしたが,やはりレフトスタンドで観戦するにはぶっ壊れたい。
取り敢えず,今勝てなくても良い。
長期展望に立ってチーム力の底上げをしてくれるなら。
何よりも貴重なのは,地域に声援を送るべきチームがあり,そのゲームを皆が楽しみにできる,ということだ。
強いからファンになる,では,弱かったらファンをやめるのか,ということになる。
弱い巨人のファンをやめて楽天ファンになったという7割の方々,今勝てないからといってファンをやめた,なんてことになったら,この私が許しませんよ・・・(笑)
 
さて,明後日からのホークス戦のチケットを買いに行くか・・・。
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「妖怪大戦争」

基本的に地上波で放映された映画は,録画しないことにしているのですが(CMでぶつぶつに切られてしまっているので),昨日の「妖怪大戦争」はついつい録画して本日再生しました。
40年前の前作は,大昔子どもの頃白黒TVで見た記憶がありますが,おどろおどろした雰囲気しか覚えていないので,いずれ見たいものです。
今回は,監督が数年で20数本もの作品を世に出してきた三池崇史だけに全く期待感は無かったのですが(数年前見た「サラリーマン金太郎」も外したし),封切りを見て面白かったという意見も周囲に少なからずありましたし,製作に水木しげる御大の名が京極夏彦に宮部みゆきの名とともにクレジットされており,ついつい期待をしてしまいました。

いやー,まずこちらをご覧になって,キャストの豪華さに驚いてください(笑)。
子役の神木隆之介くんはともかくとして,文太兄いに佐野史朗,柄本明に近藤正臣といった大河ドラマの主役級がちょい役ですからね。
ま,Reviewはあとでゆっくり読んでいただければ良いと思います。
勿論私は視聴後に読みましたが・・・。                              
邦画にしては最大級のCGと特撮を駆使し,出てくる妖怪は12万超。
これだけでも相当な予算をかけているというものです。
しかし,はっきり言って,なんじゃこりゃ~(故松田優作の声で)でしたね。
ハリウッドのジェットコースタームービーに食傷気味の私としては,邦画や韓国映画の持つのほほんとした雰囲気が最近は好みなのですが(そういう意味で先日見た「チルソクの夏」は気に入りました),これはもう何と言って良いのやら・・・。
笑えないギャグのセンス,大仕掛けの割りにしょぼいCG,垢抜けない演出,子ども向けの娯楽作のくせに子どもにはわかりにくい設定等々,邦画の悪いところが出てしまったような作品となっていたのが残念でした。
しかし,どんな作品にも必ず一つは何かよいところがあるものです。
・・・ということで,今回は出ずっぱりの高橋真唯おねいさん太ももに萌えぇぇ~でした(をいをい・・・)。
上記Reviewを読むと,男性は皆々同意見が多かったので安心した次第(安心してどうする)。
でもって,ついつい画像検索して・・・(するな)。
基本的に見終わった番組はHDDから即刻消去するのですが,どうしよう,もう一回おねいさんの場面だけ見てから消そうか・・・(見るな)。
おっと,これ以上書くと倫理規定に抵触して,ゲイツくんから出入り禁止にされるかも・・・(遁走・・・)。

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Luzern,8.11,1996

10年前の今日,スイスのルツェルンに滞在していた。
折しも有名なルツェルン音楽祭の真っ最中で,欧州一円の著名音楽家たちがこことオーストリアのザルツブルグを掛け持ちで,集っていた。
広大なフィーアバルトシュテッテ湖に面したルツェルンの夏は実に美しい。
西に湖が広がり,北岸は瀟洒な造りの町並みが並び,借景ともいうべき周囲のスイスアルプスの山々と好対照を為す。
西岸には,映画「ベン・ハー」にも出てきたローマ帝国のユダヤ総督ビラトの名を冠したピラトゥス山(2,132m)が聳え,南にはティトリス山(3,239m)がある。
そして,南東岸にはシラーの「ヴィルヘルム・テル」の舞台となったアルトドルフの街がある。
音楽祭の開かれるのは,ルツェルン駅そばのクンストハウスと呼ばれる市立美術館がメインだが,湖岸から程近い場所だけに,周りは出店や野外ステージが立ち,湖岸祭の様相を呈していた。
その岸から湖北岸を見ると,夏の陽光にきらめく湖面の向こうにグランドホテル・ナチオナールやパラスホテル,カジノといった伝統的な町並みが立ち並び,あたかもコート・ダ・ジュールから見たモンテカルロにいるような錯覚に陥る(・・・と言っても行ったこと無いが・・・)。
夜には花火が盛大に打ち上げられた(夢うつつで,ベッドの中で音だけ聞いた)。
ところが,その夜半から明け方にかけて突然の嵐がこの街を見舞った。
中欧の夏は,日中は30℃を越える暑さとなるが,日が落ちると途端に涼しくなりエアコンは全く必要ない。
深夜,風と吹き込む雨に気付き,開け放っていた窓を閉めようと寝惚けながら窓際まで歩き,戸締まりをしてベッドに戻ったというかすかな記憶がある。
そしてその翌朝,20年来愛聴してきた偉大な音楽家がこのルツェルンで生涯を終えたことを知ったのは,不覚極まりないことに二ヶ月を経てからであった・・・。
 
ラファエル・クーベリック(1914.6.29-1996.8.11)。
世界的ヴァイオリニストヤン・クーベリック(1880-1940)の子として,ボヘミア(現スロバキュア)に生まれ,1942年には若くして名門チェコフィルハーモニー管弦楽団の主席指揮者となるも,1948年チェコの共産主義政権を嫌い英国のエディンバラ音楽祭出演を機に西側へ亡命。
その後,祖国を失った音楽家として,コヴェントガーデン王立歌劇場(ロイヤルオペラ)やシカゴ交響楽団といった名門の音楽監督を歴任。
彼の演奏するスメタナの連作交響詩「わが祖国」は絶品と言われた。
特に1961年から引退を宣言した79年まで主席指揮者を務めたミュンヘンのバイエルン放送交響楽団とのコンビは,このオーケストラの演奏精度を飛躍的に高めることになり,数々の名演奏を生むことになる。
人柄同様に穏健で中庸の美とも言うべきそつのない演奏が信条だったが,実演では火の出るような激しい演奏を聴かせることもあった。
86年,持病の関節炎と痛風の治療と作曲活動専念のため引退。
ところが,89年チェコの共産主義政権が倒れると翌年40数年ぶりに帰国し,チェコフィルハーモニー管弦楽団の指揮台に立ち「わが祖国」を指揮。
翌年は,スメタナとともに同郷のもう一人の大作曲家であるドヴォルザークの生誕百周年記念コンサートで,これも十八番の「新世界交響曲」を指揮。
さらには来日公演で「わが祖国」を指揮。
スイス国籍をかなり以前に取得し,ルツェルンに住んでいたことは知ってはいたものの,その時はすっかり失念していた・・・。
こうした奇妙な符合や因縁のようなものは,実は結構ある。
以前5月11日のエントリで述べた,ドイツの指揮者ルドルフ・ケンペ(1910-76)の訃報に接した時もそうだった。
レコード店で彼の指揮したLPを見た日が,彼が生涯を終えた日であった。
さらに,ルツェルンを立った三日後,ウィーンのカフェでビールを飲みながら昼食をとっている際に,現地ガイドの方に,
「今年(1996年)はブルックナーの没後100周年だが,イヴェントのようなものは無いのか」
といったことを聞いたところ,
「リンツ郊外のザンクトフローリアン寺院(ブルックナーがオルガン奏者を務めていた)にセルジゥ・チリビダッケ指揮するミュンヘンフィルが来て演奏していった」
とのことだった。
その日,1996年8月14日,当のチェリビダッケはパリで死去していたのだった・・・。
それから10年。
クラシック音楽界は指揮者難が言われ,発売される新譜の売り上げが頭打ちとなる中,かつての放送録音の復刻CDのみが売れているという。
そして,その中でもケンペとクーベリックの演奏は抜群の売れ行きとのことである・・・。考えてみたら,チェリビダッケも含め,私も正規盤・海賊盤を合わせて数十枚は持っている・・・。
今宵は,過去を偲びつつ71年にボストン交響楽端と共に録音した「わが祖国」か,86年の引退間際にベルリンフィルに客演した際のブルックナーの9番でも聴くとしよう・・・。
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テロ未遂

昨日のエントリに登場し,画像の撮影場所でもあるロンドンのヒースロー空港で,とんでもない事件が起きた。
何とアメリカの航空会社三社(ユナイテッド、アメリカン、コンチネンタル)の航空機内に爆発物を持ち込み,空中での大量殺戮を狙った大規模テロを直前に食い止め,容疑者21人が逮捕されたという。
当然のことながら,これだけの事件が明るみに出たら,空港は大混乱であろう。
さらには,ヒースロー空港だけではなく,スタンステッド空港,ガトウィック空港といった英国の空の玄関口すべてが混乱を極めているという。
昨年7月,ロンドンで爆発テロが起き50人以上が犠牲になるという痛ましい事件があったが,今回も同様に回教徒のパキスタン系英国人,というニュースも入ってきた。
まるで,5年前の9.11テロを想起させられるが,標的にされた航空機は上記三社の9便と9.11を凌ぐ規模の計画だったという。
考えてみたら,大航海時代に始まる帝国主義の時代は,16世紀がスペイン・ポルトガルの時代,17世紀がオランダの時代とすると,18~19世紀前半はイギリスが覇権を握った時代だったと言える(19C後半~20Cは言わずもがなのアメリカ)。
世界各地に植民地政策を施した結果,それらは独立国家となった現在も英連邦を構成している訳だ。
しかし,何と言ってもイギリスの植民地といえばインドが有名だが,そのインドと境を接し,今尚民族・宗教対立が深刻なパキスタンも何らかの形で英本国から搾取された,ということだろう。
長ければ,ムガール帝国凋落の後約400年近くにわたって,彼等は英国を恨み続けたということになる。
欧米の帝国主義が悪い,と片付けるのは簡単だが,だからといってテロに走っても良いという理由にはなるまい。
2012年にロンドン五輪を控えて,国際社会の抱える問題の複雑さと根の深さを考えさせられる事件である・・・。
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737

全くの私事で恐縮だが,10年前の今日,最後(と言っても3回しか行っていないが)の洋行の途次,成田発ロンドンヒースロー空港行きJALB747-400機上にあった。
当時既にソ連邦は解体した後だったので成田から新潟を経て日本海上に出で,シベリア~ウラルを越え,モスクワ平原を横切ってカレリア地峡からフィンランド湾,そして南下して英国へ,というルートだった。
ロンドンでのトランジッドの後,スイスのチューリッヒへ向かう。
ヒースローでVTRカメラを回していたら,グランドオフィサーとおぼしき当時の私より年かさの女性に恐い顔でつかつかと駆け寄られ,VTR撮影は禁止と早口にまくし立てられたり(スチルは良いのに・・・),だだっ広い免税店を冷やかしたりして時間を潰し,いざ搭乗,と相成ったのが,British Midland Air(BMI)のボーイング737型旅客機だった。
をぃをぃ,ちょっと待てよ。
British Midlandというからには,Britsh Airways(BA)が日航に当たるとすると,かつての全日空のように国内及び近隣国へのその名の如く中短距離専門の航空会社なんだろうが(実は違っていて,A321等のエアバスも保有し,ヨハネスブルグまで飛ばしている結構大きな会社であることを機内で知った),B737って何だよ,30年以上前の機体じゃねえか・・・。
既にB727は日航も全日空も退役だから,何でそんなの飛んでるんだよ・・・。
恐いじゃないか・・・。
Swiss Airなんて,7年で退役させて新型機に替えるというのに,一体何なんだ・・・。
客席はアコモデーション改造されているようだけど,液晶TVはおろか機内放送や音楽を聴くヘッドセットはないし,テーブルもしょぼい。
こんな寸詰まりの機体で,果たしてアルプス越えできるんだろうか・・・。
・・・と思った当時の私は明らかに飛行機を知らなかった。
当時のBMIはB737のバリエーションをそれぞれ300,400,500と三種類持っていたようだ。
ヒースローでスタンバイする737を撮った下の画像で分かるように,私の乗ったのは最も新しいB737-500だった。
つまり,その7年半後に再会する全日空のスーパードルフィンと同機種だったのだ・・・。
ロートル健在,などといった生易しいものではない。
初期の機体設計思想が抜群だったからこそ,こうしてフルマイナーチェンジを繰り返しながら,新しい時代に対応しているということだろう。
飛行機で言えば,初飛行から60余年を経て使われたダグラスDC3とかC47といったベストセラー長寿機にその例を見ることが出来るし(わが国でも大戦中に何と零式輸送機として国産のエンジンを付けて使われた),乗用車で言えば,ついこの間までブラジルで生産されていたというVWビートルもそうである。
残念なことに,BMIではこのB737を今は使用していない,との情報もあるが,前述のように全日空ではスーパードルフィンとして健在だし,日航も使用している。
さらに無知蒙昧極まりないことに,私はスイスの空港に降りるんだからアルプス越えをすると思いこんでいた。
ロンドンから西へ向かうわけだから,当然ドイツから進入することになる。
つまりドイツ特有の「黒い森(シュヴァルツヴァルト)」が切れると,そこはスイスということになる。
アルプスは南ドイツからフランスとの国境を経て,スイスとイタリアの国境を,さらにはチロルを玄関としたオーストリアとイタリアとの境から旧ユーゴまで続くのであろうから,チューリッヒに西から進入する際は,黒い森上空から,ということになる。
高緯度だけに,夏の中欧は日が長い。
夜8時のランディングにもかかわらず,周囲はまだ明るい。
自然と近代性が見事に調和したチューリッヒ国際空港に無事名機を着陸させたBMIのパイロットの技術は抜群であった・・・。
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